日本の高卒から米大学入学の推薦状を用意できるか?

推薦状の情報って乏しい。日本の推薦状事情ってこういうものなのかどうかわかりませんが、私の経験を忘れないうちに書いときます。

-推薦状を書く気軽さ アメリカ⇒普通 日本⇒超重い-

僕が推薦状に関して抱いていたイメージは、様々な入学書類の中にあって「付加的なもの」。人のために書いたことはもちろん、書いてもらった経験もありません。

ほんの1,2年前卒業した母校(高校)に電話しました。成績や卒業証明書の発行に関しては、比較的簡単にやってもらえるようです。


「アメリカの大学(短大)に進学するので、英語の成績証明書と卒業証明書が必要です」

「はい、わかりました」


と、ここまでは順調。過去に経験があるようです。


ところが。次の一言で事態は急変。


「推薦状があれば好ましいということなんですが、これもお願いできますか」

「推薦状? というのは?」

「ええ、よくわからんのですが、推薦状です」

「はあ」

この時点で既に予想外の展開です。推薦状、あい分かった! 位のノリだと思っていましたが、話を進める内この認識が間違っていることに気が付きました。

事務員らしきひと「というのはですねえ、書式とかは決まってないんですか」

ぼく「いえ、書式の指示はありません」

事務員らしきひと「何かこういったものを書くようにとの指示は? ちゃんと調べてみましたか?」

ぼく「ええ、ちゃんと調べてます。何を書けばいいのかは知りませんが、何を書かなければならないというのはないと思います」

おばかな事務員「えっと。具体的に何から書き始めればいいんですかね」

ぼく「あの。推薦状を書くのはぼくですか?」

なんだ? ちょっと待ってくれ。これはもしかして「一から始めよう」モードでは? 

ぼく「過去に推薦状を書いたことはありますか? アメリカの大学向けに」

見栄はりな事務員「そりゃ、もちろん」

ぼく「なら書式はそれでいいと思いますよ」

切羽詰った事務員「…在校生ですか?」

ぼく「いえ、違います」

事務員「担当の先生の名前覚えてますかね」

ぼく「ええ、赤鬼先生です」

事務員「いまおつなぎ致しますので」

わからないなら最初からそう言えよ。

ここで自分の勘違いに一つ気付く。推薦状というのは学校が書くものか? いや、個人が書くものだ。アメリカでは。でも日本では違うらしい。推薦状というのは大体、学校長名義で書かれ、つまり○○高校推薦、のような形になる。ここで話が大きくなっていることに気が付くぼく。高校代表って事? 学校に電話しちゃあやばかったのかな? 先生に直接電話したほうがよかった?

しばらくして感動! 数年ぶりの再会!?


ぼく「おひさしぶりです、元太郎です」

赤鬼(女)「… ああ、はいはい」


思い出せてません。


ぼく「元太郎です、生徒会長だったんですけど」

赤鬼「ああ、はいはい、はい、久しぶり、どうしたの」

ぼく「アメリカの大学に留学するので、推薦状をお願いできないかと」

赤鬼「はあ、推薦状」

ぼく「さっき事務員の方ともお話したんですが」

赤鬼「そう。まあまずね、推薦状というのは誰でも書いてもらえるというものじゃないんだよ」

ぼく「え、そうなんですか」

赤鬼「その人物が推薦状に相応しい人物かどうか評価した上で始めて書くっていうの? まああなたは大丈夫だろうけど」

ぼく「どういう風に決めるんですか」

赤鬼「それは最高機密ね。1年半も何してたの」

ぼく「最高機密です」


ここでひとーつ。推薦状というものは、頼めば書いてくれるというものではない。書いてくれる人(団体でも)がOKと言って始めて書いてもらえる。また、頼んだ人が「アメリカ向けの推薦状を書けるかどうか」も重要な問題。別に成績優秀じゃなくても、その人がOKと言えば全く問題なし。でも、高校に推薦状を頼む場合、成績優秀が大前提となるようです。これって意外と落とし穴? とりあえず悩んでないで電話に尽きます。

赤鬼「それで、何処の大学に行くの」

ぼく「カリフォルニア州の数校に出願しようと思ってるんですが。みんな短大です」

赤鬼「で? 推薦状は何処の大学に?」

ぼく「というのは? 大学全部に送ろうと思いますけど」

赤鬼「いや、それは駄目だよ。推薦状を送れるのは一校だけ」

ぼく「え? どうしてですか?」

赤鬼「そりゃ当たり前でしょ。うちが推薦状を書いてその大学に合格したのに、もしおあなたがその大学に行かなかったら、次にうちの学校から進学する生徒に不利になるかもしれない」

ぼく「はあ。アメリカと日本でそんなことあるんですか」

赤鬼「そりゃあるでしょう。もし第一志望に落ちた場合に、はじめて第二志望用に推薦状を書くことになる。まあ、書くかどうかはわからないけど」


ほんとうに? まあいいです。ここで「推薦状」の認識の違いに気がつきました。どうやら話題に上がっているのは、知らないうちに「学校長の推薦状」になってしまっています。だから成績優秀者にしか与えられず、書いてもらうためには審査が必要になります。そして、学校の代表として推薦状を書いてやるのだから、学校の代表としてのその面目を守れと言っているのです。書くものにとって推薦状は言わばプライドの一部といえるかもしれません。でも、それはぼくがかねてから話しに聞いていた学校の担任や教授、職場の上司からの個人的な推薦状とは異なります。何となく日本的な雰囲気になってきました。これってぼくの勘違いでしょうか。誰か教えて! アメリカもこうなのか?

まあとにかく。ここは少し作戦変更。

ぼく「僕が話しに聞いているのは、学校長の推薦状とかではなくて、担任の先生とか、職場の上司とか
からの推薦状なんですけど」

赤鬼「そんなこと言われても。あなたはもう卒業から2年近く経ってるし、お互い近しい間柄でもないし、私が推薦状を書くにはあなたの事を知らなすぎる」

ぼく「(ズバリ拒否しましたね?)」

赤鬼「それで、学校長の推薦状にはどんなことを書いて欲しいのかな」

ぼく「ええ、その。ふつうどんなことを書くんですか? 学校側が生徒の推薦状を書くときに、生徒について得られる情報の情報源は限られているはずですよね。調査書(内申書等)とか。ありきたりの書き方でいいと思うんですが。特別なことを書く必要はないかと思います」

赤鬼「ううん。でもねえ。いろいろあるでしょう? あなたが向こうの学校へ行って何をしたいかとか、どれくらいの意欲を持っているのかとか、私生活ではこういったことをしているとか」

ぼく「ううん。ぼく個人に関することは別のエッセイで書こうと思うので、強いて書く必要は」

赤鬼「それは書かない方がいいって事?」

ぼく「そういうわけじゃ。第一、私生活とか卒業後のこととか、高校の推薦状に書いてもらおうなんて期待してませんよ。高校在学時のことだけ書いていただければいいと思うのですが」

生徒の全容を把握しようとしてないか? 過保護なのか。よく分からん。


いい加減そろそろ話を片付けないといけない。結局向こうは何を書いていいか分からない、ってことだ。これはまいった。書く内容は自分で決めるということか。忙しいらしく、早く電話を切りたそうにしている我が赤鬼先生。

赤鬼「とにかく、手紙でもなんでもいいから、どんな内容を含めて欲しいのか書いて知らせて。それをもと
に書いていくから」

ぼく「はあ。分かりました。お手数かけました」

赤鬼「それじゃ」

電話「カチャ」


今回の冒険で手に入れた知識


 1.推薦状を書くにはそれなりのスキルが要る。だからアメリカの推薦状を書ける日本人はまれ。もしそのスキルをもたない相手に自分の推薦状を書いてもらうことになると、自分がそのスキルの不足を補わなければならない。書式の決定から、さらには細部にわたる内容まで。
 2.日本の高校の「推薦状」は、日本の大学に送る推薦状。それを英文に訳すことは出来るが、結局は日本の推薦状の英訳版。
 3.日本の学校長名義(通常日本の大学のための)の推薦状は一通しか作ってもらえない。つまり一校の願書にしか付属できない。 
 4.日本では、個人間で推薦状を書いてもらうのは学校長の推薦状を得ることより難しいかもしれない。卒業して○年、とかいう場合、それがたかが1年弱でも書いてもらえなかった人が約一名。
 


結論「日本人が米大学進学のために推薦状を工面することは、とっても難しい」


運良く成績が良かったので、学校長の推薦書をもらうか、推薦書なしで(別に必須ではないらしいので)出願しようと思います。