Day18 さまよえる ニューオリンズ行き
夜中の12時、現在、バスは休憩所にてトイレタイム。
俺、夜空を見上げる。田舎の星空ってきれいなのでは、という期待は簡単に裏切られ、月と、星がぽつぽつっと出ているだけ。
せめて月だけでも写真に収めようとしても、写るのは、ぼけた写真だけ。やはりアメリカ、夜空も愛想がない (関係ないか
休憩所の光しかない、その場所を、ぶらぶらしていると・・・
「Are you Japanese?」 同じバスに乗っているアジア系の女の子のグループの1人が僕に声をかけます。
ちょっとにこやかに俺「そうですよ」と返事をしたところ、アジア系の女の子、いろいろ話し掛けてくれます。
アジアの女の子「私たち台湾出身なんですよ」(アジアの女の子→台湾の女の子)
女の子と話すのは、ちょっと心がうれしいです、と同時に俺は、ちょっと罪悪感を感じていたのであった。
この台湾人の女の子のグルーブ、実はアトランタのバスターミナルから一緒だったんです。
今、話し掛けている女の子たちは、アトランタのバスターミナルで、バスは大幅に遅れて、待たされ待たされ、バスターミナルのクーラーは壊れ、俺は蒸され蒸され、している最中にいた女の子のグループだったのです。
俺が昨日、”へへへっ”と思いながら、俺が何を考えていたかを知らない、台湾人の女の子は、陽気に俺に話し掛る。
表では、にこやかに話す俺、裏では複雑な気持ち。そして心の中で謝る僕。
さておき、彼女たちは、どうやら台湾の大学に通う大学生だそうです。海外研修でアメリカのホテルで2週間の間働くそうです。
ヒューストンから、モービル(ニューオリンズの途中の町)まで、グレイハウンドバスで行く途中だそうです。
と、まぁ目的はまともそうに見えます、でも俺は彼女たちの英語に懐疑的です。
良い人達だけど、英語あまりしゃべれないんのでは? それでホテルでなんて働けるのかなーと思いながら話していると、台湾の大学の実情がちらほらと。
俺「ホテルでなんて働くんだー、すごいね、でも大変じゃない?」
台湾の女の子「ううん。 私たちがやることって、部屋の掃除とか、そういうことだけ特に大変でもないのよ。それに、ホテルって言っても、台湾人が経営していて、お客さんも台湾人ばかりだと聞いているし。英語なんか話す機会ないとおもう。」
俺「・・・。 いったい何しに来たの?」
俺、思わずホンネを言ってしまう。
台湾の女の子「ばかげているのは、わかっているけど、でも、これに来ないと単位取れないの。 研修費は、バカ高いし、私たちみんな怒っているのよ。」
俺は、日本のある大学が、人気稼ぎのためアメリカ研修だとかを授業にくんでいるのを知っている。
栄養学の勉強という名目で、アメリカへ半場強制的に数週間ほど研修に行かせる大学を知っている。彼らは大金はたいて、アメリカにジャンクフードを代表するハンバーガーの成分でも調べに来るのだろうか?まったくもって無駄である。
日本の大学は落ちたものだと思っていたけれども、台湾の大学でも似たり寄ったりのことをしているとは・・・。 日本の、ある大学の学長、あなただけではなかったのですね、バカは。
台湾人の彼女たちは、2週間の海外研修を終えたら、サンフランシスコへいってバカンスを楽しむそうです。 こういうのを聞くと、俺はアメリカの大学で勉強できてよかったと思うのでした。
そうこうしているうちに、休憩時間は終わり、バスは走り出します。
夜中の2時、バスがモービルに到着です。
台湾人の女の子のグループは、お別れを言っていなくなりました。
俺が乗るバスは、1度モービルで全員おろされて、バスの洗車、中の掃除、ガソリンの給油をします。
貴重品だけもって、生活用品をつめたバックはバスに残し、再乗車のチケットをもらってバスを降りる俺。
ボーとしながら待つことに。
バスが洗われているなー、とまぁ暇そうに眺めます。
バスが洗い終わった模様。
ありりり?
バスが動き出してどこか行ってしまったよ。
まぁ、ガソリンでも入れに行ったんでしょう、と思う俺。
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(30分後)
バスが戻ってこない・・・。おかじい。
バスターミナル内を、うろうろする俺。
一つ一つバスを確認しても、俺が乗っていたバスが無い・・・
20分ほど、バスターミナルをただよい、意を決してチケット売り場の黒人の女店員に聞いてみます。
俺、再乗車のチケットを黒人の女店員に見せ「このバスは?」 と聞いてみました。
黒人の女店員、俺のバスの再乗車チケットを取ると、無言でチケットを破り捨てゴミ箱へシュートし、そして言った 「あんたのバスは、もう出たわよ。」
やられて・・・。バスの動きを注意していたにもかかわらず、放送にも注意を払っていたのに、俺のバスは俺を残していってしまった。
放送を聞き逃したか? いやむしろ放送は無かった。
乗客がバスに乗るのを見逃したか? いや、あのバスには乗客は乗っていなかった・・・
原因不明のバス見逃し。
しばらく途方に暮れる、でも途方に暮れても何も始まらなく、だからといって怒っても、黒人の非情な女店員はビクともしないだろう。
とにかく、俺がバスに残しておいた、荷物の確保が最優先です。
黒人の女店員に言う 「あのニューオリンズ行きのバスには、俺のバックがあるんだよ。バスの真中くらいの席のところにあるんだよ。 見つからないか?」
黒人の女店員、やる気なさそうに、電話を取って、どこかへかける。 電話が終わった店員はいった「荷物があったわよ。今ニューオリンズのバスターミナルで預かっているから、取りに行くのね。」
ほっと一安心。次のニューオリンズ行きのバスは、朝の8時に出発だそうです。
今は夜中の3時半だから、あと4時間半も待たされるはめに。
あとニューオリンズまでバスで一時間の距離なのに~!
もうあがいても仕方なく、後は8時まで待つだけ。
体の芯が疲れた
なんか、もう疲労たっぷりです
バスターミナルは寒い。
もうヒューストンのNASAに何か行かずに、ロサンゼルスまで直で帰ろうと思う俺。
イスを二つ使い、横になる俺。
そして体が死なない程度に冷えていく。
朝の7時ちょっとすぎ
すっかり体が冷え込んで、脳みその回転もままならない。
ようやく太陽が顔を出す。
俺は日の光があたっている床を探して、倒れこむ。
あぁ、あたたかい。お天道様のお恵みだ~
ここなら、バスターミナルに入ってくるバスが見渡せる。
ここでニューオリンズ行きのバスが来るのを待つことに
一時間ほど経過
バスが、ちらほらやってくる。
でも行き先は俺の知らない町の名前ばかり
ニューオリンズ行きのバスは、まだかな、まだかな、と俺は待つ
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「あんた、そんなところで何やってるの」
黒人の掃除おばちゃんが、俺に怪訝そうに声をかける
俺「ニューオリンズ行きのバスを待っているんだよ」
黒人掃除おばちゃん「そのバスなら行ったわよ、そこ邪魔だからどいて。」
俺「はっ・・・・・・?」
やられた。またやられた。
完全に ケアレスミス
ニューオリンズ直行のバスは無かった、がおそらく、ニューオリンズ経由のバスがあったのだろう・・・
もうじゅうぶん、ロスの家の俺のベットの上で寝させてくれと願う
次のニューオリンズ行きバスは、昼の12時
また4時間待たされるはめに・・・
あと4時間。。
食欲は無いけど、何かエネルギーを取らなければ、やられる。
バスターミナル内には、ろくな食べ物を売ってないから、外に出て探すことに
およそ500mはなれた位置にマクドナルド、以上なにもなし。
ジャンクフードでも食わないよりもましです。
ひょろひょろひょろ~
体にあたる日の光が心地よい
マクドナルド到着
朝マックを注文
食う
吐き気
飲み込む
いつからだろう
食がこんなに貧しくなったのは
出発当初、食事には、お金をたくさん使おうと思っていたのに
いつのまにか、ホットドックかハンバーガーの食事に変わってしまったのは?
従業員が無駄に多い(十数人)マクドナルドを出て、バスターミナルへ戻ります。
10時少し過ぎ
まだバスが来るのに時間があるので、失った熱を取り戻すことに
適当な空き地を見つけ、座り込み、太陽の日を浴びる
じりじりじり
体が徐々に温まります
それと同時に、気持ちも徐々に上向きに
体が冷えると、考えまで冷えるんだなー、とふと思う
一時間ほどして、バスターミナルへ戻りました
そして今度こそ、バック奪回を目指しニューオリンズ行きのバスに乗り込むのであった。
午後1時ちょい過ぎ
ニューオリンズに到着です。
ニューオリンズの写真なんかありません、そんな余裕あるわけも無く
ニューオリンズのバスターミナルのカスタマーサービスに向かう途中で俺考える。
いま荷物を受け取ったら、ニューオリンズ観光に行くときに荷物をロッカーに入れなきゃいけないわけで、ロッカー代がもったいない。
次のヒューストンに行き、もしくはロサンゼルス行きのバスの出発時間を聞いてから、引き取ることにします。
チケット売り場の兄ちゃんに次のヒューストン行きorロサンゼルス行きを聞いたところ、午後の5時半にヒューストン行きのバスが出るとのこと。
俺の荷物置き去り、そしてニューオリンズの観光決定!
ニューオリンズ観光といっても、観光時間は5時間ほどしかなく、地球の歩き方も持ってない。
知っているのは、ニューオリンズの食べ物は、カキなどの海鮮料理や、ニューオリンズならではの地域料理があったり、特徴があっておいしいとか。
食うっきゃないでしょ
ニューオリンズのバスターミナルを出る。
上や下はわかる。右や左がわからない。
しばし上を見上げて考える。
あっちの方向のほうが、やや微妙に栄えている気がする
あっちの方向へ向かって歩き出します。
てこてこてこ
てこてこてこ
Oyster bar(カキ料理店)を発見!
あまり客が入っていないので却下
てこてこてこっと
でっかい大通りを発見!
俺って感がいいかも。
てこてこてこ
客が多い料理店を発見!
さっさと中に入ります。
メニューをもらって、いざ注文
生ガキを半ダースと、地域料理らしきもの(覚えていません)
あわせて17ドルもします。
でも、ここで食わなきゃ、何を食うってね。
旅の途中で生ガキを食うなんて、なかば非常識のような気もするが、俺は気にしない。生ガキなんて、俺の人生で食ったこと無いです。そう、初人生物、これで寿命が一年は延びたね。へへ
食い終わってお勘定、店員が店内でタバコ吸っていたのがむかついたので、チップは少なめ。19ドル払って店を出ます。
うろちょろしているうちに、時はもう4時です。
バックも奪回しなければならないので、早々にバスターミナルへ戻ることにします。
バスターミナルがあると思われる方角へ歩き出す。
てくてくてく (地球の歩き方がないのは、やや不安です)
やや時間がかかりながらも、無事バスターミナルに到着
さっそくカウンターに行って、俺のバックを受け取ることに
俺「バスに俺の荷物置き忘れたんだけど、その荷物ここに届いているはずなんですけど。」とカウンターの兄ちゃんに聞く
カウンター兄ちゃん「ちょっと待ってな」と言って、いなくなる。
・
・
・
なかなか戻ってこない
やや不安が俺の心によぎる
でも、俺のバックが、ここにあることはモービルで確認してるしな~、それにアメリカって結構仕事が鈍いしな。
・
・
・
おっ兄ちゃんが戻ってきたぞ
兄ちゃんは俺に言った「おまえのバックは無かった」
がびーん
信じられん、いやウソだ。俺のバックはあるはずだ! このバカが、ちゃんと探さなかったんだ!
俺はバカ兄ちゃんに問い詰める「んなバカなことあってたまるか、俺はちゃんとモービルで確認したんだぞ」
バカ兄ちゃん「なら、忘れ物の保管所に一緒に来て探してみな」
と言う事で、忘れ物保管所へ俺のバックを探しに行く
忘れ物保管所
キョロキョロキョロ
ウロウロウロ
オロオロオロ
俺のバックが無いよ~!
得意げなバカ兄ちゃん「なあ、無かったろ」
保管所を出てカウンターへ
信じられん、なぜ俺のバックは無いんだ??
モービルで確認した俺のバックはどこへいったんだ?
この際だから、違うバックを俺のバックだっていってやったほうが良かったか?
カウンターで息詰まる俺
俺はバカ兄ちゃんに言った「なぁ、俺のバックは届いているはずなんだよ、絶対に。モービルで確認したんだよ。」
バカ兄ちゃん「これに電話かけな」
終わった・・・
俺のバックはもう戻ってこない
何トレースエージェントって?
俺にとって、この意味は”あきらめろ”と同意語
さらば俺のバックよ~
と嘆きながらも、一応 Trace Agent に電話してみることに
Phoneカードを使ってっと、
ポチポチポチ・・・・ って
ちっ、渡された電話番号に地域番号が省略されてやがる
これじゃ、かからん、あのボケが
あのバカ兄ちゃんに地域番号を聞くことに
カウンターへ向かう
とぼとぼとぼ
は~、なぜこうなるんだろ~
そもそも、アトランタで、ヒューストン行きのバスが欠便にならなければ、こんなはめに陥らなかったのに
とぼとぼとぼ
グレイハウンドのバカど も め !!?
あり?
あのカウンターの端っこにある棚の上に、見慣れたもの!?
あの黒いバックに折りたたみ傘がぶっささっているのは・・、俺のバックだ!!!
あるじゃん! 俺のバックだよ
何でおまえ、そんなところにいるのよ!?
あるじゃん、あるじゃん、やったよ!!
俺「Hey! I found my bag!」とカウンターのバカ兄ちゃんに
バカ兄ちゃん「あ~? どこ?」
俺 「そこだよ、そこ!」 カウンターの中の端っこにある棚の上にある俺のバックを指差す
バカ兄ちゃん「あ~? アムトラックの保管所にでもあったのか?」
このボケが!!
てめー、どこ見てんだよ!
俺「黒いバックだよ! あの棚の上にある! あれが俺のバックだよ!!」
バカ兄ちゃん「は~?」
てめ~! このドタコ! 脳みそ腐ってんじゃねえのか? 見つける気さらさら無いだろ!
俺「あそこだ、そこだ」、バカボケ兄ちゃん「は~どこよ?」 を散々繰り返したあげる、ようやく俺のバックが俺の手に戻ってきました。
バカボケ兄ちゃんの、おかげで時間を大幅に取られ、時はもうすでに、5時半少し過ぎ
まずいです、ヒューストン行きのバスは5時半に出発します
あのバカボケ兄ちゃんに、ヒューストン行きのバスの発車口を聞き、速攻そこへ向かいます。
さいわいヒューストン行きのバスは、まだいました
無事?乗り込み、向かうは、ヒューストン
そして、さっさと俺の住処のロサンゼルスに、帰ろうと思うでした。
(P.S. アメリカ1周1人旅より半年も過ぎてから、Day18の思い出を書いているのですが、今でもはっきり覚えていました。そうそう忘れる思い出ではなかったようですね)

